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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)3711号 判決 2000年6月26日

原告

岡本正敏

被告

竹内一葉

主文

一  被告は、原告に対し、金四三万二三九七円及びこれに対する平成六年八月一九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億一五九五万〇二六七円及びこれに対する平成六年八月一九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が運転する普通貨物車(以下「加害車両」という。)と原告が運転する普通貨物車(以下「被害車両」という。)とが衝突し、原告が傷害を負った交通事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が被告に対し、自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成六年八月一九日午後五時三〇分ころ

(二) 発生場所 愛知県知立市上重原町西八鳥九四番地一先道路上

(三) 加害車両 普通貨物車(尾張小牧四四は四一三七)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害車両 普通貨物車(名古屋四八て六五三二)

(六) 右運転者 原告

2  被告は、本件事故当時加害車両を運転し、自己のために運行の用に供していた。

3  本件事故の態様は、加害車両が渋滞で停車中の被害車両に後方から追突したというものであり、加害車両の運転者である被告に一方的な過失がある。

4  原告は、本件事故につき自賠責保険から七五万円の支払を受けた。

5  被告は、原告に対し、本件事故の賠償の内金として一二六万一八八五円を支払った。

二  争点

1  本件交通事故と因果関係のある原告の傷害の範囲、程度

(原告の主張)

(一) 原告は、本件事故によって、頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を負った。原告は、平成七年一一月七日、症状固定の診断を受け、その後遺障害の内容は、両上肢のしびれと脱力(左側により強いしびれ)、階段の下降に手すり等支持必要、排尿障害、両下肢のしびれ持続、五〇〇メートル以上の歩行が困難というものである。右後遺障害は、自賠法施行令別表第五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に相当する。

(二) 原告には、従前から脊柱の変性及び脊柱管の狭小が存在したと考えられるが、それにもかかわらず事故前には、これらに起因する症状は存在しなかった。脊柱管の狭小等がある場合には、軽い衝撃でも症状が出ることはあり得るのであり、原告の前記各症状は事故に起因するものである。

(被告の認否等)

原告主張の傷害、後遺障害の内容、程度は争う。

原告の現在の症状は原告の素因によるものであって、本件事故との因果関係はない。

2  原告の損害

(原告の主張)

(一) 入院雑費 一万〇五〇〇円

一日一五〇〇円として計算し、七日間

(二) 治療費 一一万八〇九〇円

(三) 文書料 三万九六五五円

(四) 杖代金 九二七〇円

(五) トイレ改造費 一二万五〇〇〇円

(六) 休業損害 一〇二六万四二四四円

原告の本件事故発生当時の年収は、八四〇万円であり、日額二万三〇一四円である。

原告は、平成六年八月一九日から症状固定日である平成七年一一月七日まで、四四六日間休業した。

23,014×446=10,264,244

(七) 逸失利益 八三六三万三五〇八円

原告の本件事故発生当時における年収は、八四〇万円であった。そして、前記のとおり、原告の後遺障害は、自賠法施行令別表第五級二号に該当するから、その労働能力喪失率は七九パーセントである。また、前記症状固定から就労可能な六七歳までの就労可能年数は一八年であるから、年五分の新ホフマン係数により中間利息を控除し逸失利益の現在価額を算出すると、八三六三万三五〇八円となる。

8,400,000×0.79×12.603=83,633,508

(八) 慰謝料 一六五〇万円

(1) 入通院分 二〇〇万円

原告は、本件事故により頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を負い、名古屋掖済会病院において入院及び通院治療を受けた。

入院 平成六年九月二一日から同月二七日まで七日間

通院 同年八月二六日から平成七年一一月七日まで(実通院日数三二六日間)

(2) 後遺障害分 一四五〇万円

(九) 弁護士費用 六〇〇万円

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実並びに証拠(甲二、一九ないし二一、二四の1ないし3、二五の1ないし3、乙一の1ないし5、二ないし四、七ないし九、一〇、証人野口耕司、原告本人、鑑定嘱託(岐阜市民病院))及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。

1  本件事故の態様

原告は、平成六年八月一九日、本件事故に遭った。その事故態様は以下のとおりであった。

(一) 本件事故時、被告運転の加害車両は時速約二〇キロメートルで走行しており、原告運転の被害車両は加害車両の前方において渋滞で停止していた。被告は、前方不注視により被害車両が停止していることを、被害車両の後方約七・二メートルの地点で初めて発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、加害車両が被害車両に追突した。加害車両及び被害車両は、本件事故の後、追突前とほぼ同地点に停止した。

(二) 原告は、本件事故時、背中に衝撃があり、息が詰まった感じにはなったものの、特に身体に大きな異常は感じなかったので、警察に事故の届出をしなかった。本件事故による被害車両の損傷は、右後部バックランプの破損等軽微なものであり、その修理費用は八二六一円(含消費税)であった。

2(一)  原告は、本件事故後自宅に帰る際、身体全体がふわふわするような感覚があり、頸や腰に痛みはそれほど感じなかったが、背部に多少違和感があった。

(二)  原告は、本件事故日の翌日である平成六年八月二〇日、左下肢外側にしびれの症状が出た。そして、原告は、同月二二日には、左の足関節背屈力の低下の症状が出て、足を上げるとつま先を前にして垂れ下がるような状態(下垂足)となった。

(三)  原告は、平成六年八月二六日、名古屋掖済会病院整形外科で岸医師の診察を受け、岸医師に対し前記の足首の症状を訴えた。同日の診察では、原告は、握力右四五キログラム、左四一キログラムで下肢筋力は長母趾伸筋筋力が右五(正常)、左四マイナス(やや低下)であった。また、知覚低下域が左下腿外側にあった。岸医師は、同日、原告の腰部のレントゲン検査をし、腰部挫傷と診断し、その旨の診断書を作成した。また、岸医師は、同月三〇日、原告の腰部のMRI検査をした。しかし、岸医師は、このころ、原告の頸部のレントゲン検査やMRI検査はしなかった。

岸医師は、同年九月二日、MRI検査の結果から、原告の第四/五腰椎椎間部及び第五腰椎/仙椎椎間部にヘルニアがあると診断した。

(四)  原告の症状は、平成六年九月一九日には、しびれ感は変わりがないが左の母趾の背屈力はやや改善したという状態になった。

また、原告は、同月二一日から同月二七日まで名古屋掖済会病院に腰部の脊髄造影検査目的で入院した。原告は、右入院期間中である同月二五日、看護婦に対し手の指のしびれを訴えた。

(五)  原告は、平成六年一〇月七日から就業を再開した。岸医師は、同月二一日、原告の頸椎MRI検査を指示し、原告は、同月二九日、頸椎MRI検査を受けた。その結果、第五/第六頸椎、第六/第七頸椎椎間板ヘルニアと第六/第七頸椎椎間部の狭窄症と診断された。原告に対する頸椎MRI検査は、右のほか平成七年五月二五日にもされたが、いずれの画像でも第四頸椎から第二胸椎まで広範に椎間板部に一致して狭窄所見があり、特に第一/二胸椎椎間部での狭窄の程度が強かった。同検査結果では、椎間板部分で前方からの膨隆像があった。

(六)  原告の下垂足は、平成六年一二月一九日には改善し、自動車運転なども可能な状態となった。しかし、原告は、平成七年一月六日の診察時には、岸医師に対し腰を使うと両足部が急に冷たくなること及び休み休み歩行していることを症状として訴えた。

原告は、同年四月になり頸椎に由来する症状を訴えることが多くなった。

(七)  原告は、平成七年一〇月二三日、同年の春ころから排尿困難がある旨を訴え、同月二四日、名古屋掖済会病院泌尿器科の西尾医師の診察を受けた。右診察の結果、原告に尿意はあり、膀胱内圧に異常はなく、残尿も認められなかった。そこで、西尾医師は、原告に排尿障害はないと診断し、本件事故との因果関係については否定的であるとの判断をした。

(八)  原告は、平成七年一一月七日、名古屋掖済会病院において症状固定と診断された。原告の右症状固定時の症状は、両上肢の尺側のしびれと脱力(左側により強いしびれ)、階段の下降に手すり等支持が必要、排尿障害、両下肢外側のしびれ持続、四〇〇メートルから五〇〇メートルの間欠性跛行を訴え、頸椎部については、エックス線写真上骨折等は認められないが、MRI検査において第四/五、第五/六、第六/七頸椎部で脊髄の圧排が認められ、スパーリングテスト両側+、一〇秒テスト右一七回、左一七回であり、腰椎部については、エックス線写真上骨折等は認められないが、脊髄造影にて第三/四、第四/五、第五仙椎の各椎間に高度の脊柱管狭窄を認め、その他前記の手足のしびれ、間欠性跛行が認められるほか、頸椎部及び腰椎部に運動障害があるというものであった。しかし、頸椎、腰椎のヘルニアの存在は格別診断されなかった。

原告は、本訴提起後、平成一〇年一二月一八日、鑑定のため野口医師の診察を受けたが、このときの症状は、階段の下降に手すり等支持が必要である旨の訴えはなく、その他は前記平成七年一一月七日の時点の症状とほぼ同様であった。なお、このとき、原告の足関節背屈力は左右で筋力の差がなく、原告の左足関節背屈障害は治癒していた。

3(一)  ところで原告は、後記のとおり銘木店を経営しており、銘木の運搬等もしていたが、糖尿病、肝障害等でしばしば名古屋掖済会病院内科に通院していた。そして原告は、昭和六三年五月二日、同病院内科を受診し、右腰痛、右下肢外側の痛みとしびれ等を訴えた。そこで原告は同日、同病院整形外科の診察も受けた。その結果、坐骨神経刺激症状を示すラセーグ徴候が陽性で、下肢腱反射は両側で低下していた。また、右下肢外側に知覚障害域があった。そして、エックス線所見では、第四/五椎間板の狭小化があり、原告は、腰椎椎間板ヘルニアの疑いと診断された。

(二)  原告は、平成元年四月一七日、名古屋掖済会病院内科の診察を受け、その際、背痛、手足のしびれ感を訴え、同日腰痛症と診断された。

原告は、平成二年三月七日には、同病院内科の診察を受け、その際、手足のしびれを訴え、同年四月一八日には、朝方に手がしびれる等の訴えをし、同日頸椎症と診断された。さらに、原告は、平成六年一月五日の診察時にも手のしびれ感を訴えた。

4  原告は本件につき自動車保険料率算定会のいわゆる事前認定の手続を経た。同会は原告の後遺障害が自賠法施行令別表第一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当すると判断した。

以上のとおり認められる。

なお、原告の腰椎、頸椎部については、名古屋掖済会病院の診断においては前記のとおりいずれもヘルニアがあったとされるが、証拠(甲二四の1ないし3、二五の1ないし3、証人野口耕司、鑑定嘱託(岐阜市民病院))によると、右はヘルニアと診断すべきではなく、腰部脊柱管狭窄症及び頸部脊椎症(頸部脊柱管狭窄症)であったこと、また腰部脊柱管狭窄症の狭窄の程度は、第三腰椎から第五腰椎、第一仙椎までの三椎間で高度の狭窄が存在するというものであったことが認められる。証拠(甲二、二九)によると岸医師は、本訴において鑑定がされた後、これを基に原告代理人に対し所見を述べたこと、しかし右においても、ヘルニアの存在を否定した鑑定に対し格別の意見を述べてはいないこと、また同医師が症状固定時に作成した診断書(甲二)には、前記のとおりヘルニアの記載がないことが認められ、これらの事実も、前記ヘルニアの不存在を裏付ける事実といえる。

二1  原告は、本件事故後原告に残存する上、下肢のしびれ、歩行障害等は、本件事故による後遺障害である旨を主張する。しかし前記認定の事実及び証拠(証人野口耕司、鑑定嘱託(岐阜市民病院))によると、前記認定の原告の本件事故前の症状、本件事故態様並びに本件事故後の原告の症状及び諸検査の結果に基づくと、原告には手のしびれ、下肢のしびれ、下肢腱反射の低下をきたす疾患が、本件事故前に既に存在しており、原告は本件事故時に腰部脊柱管狭窄症、頸部脊椎症(頸部脊柱管狭窄症)、糖尿病性神経障害に既に罹患していたこと、特に、両下肢腱反射の低下は腰部脊柱管狭窄症に必発する所見であること、原告に本件事故後約二日間で左下肢外側のしびれと足関節背屈力の低下(下垂足)が起こったということは、恐らくある程度血行動態に影響を与えるような原因があったこと、それは、事故のときの筋肉の反射性の収縮又は交感神経の刺激による血管の収縮によって血行障害を起こしたことが考えられること、交感神経の刺激による症状は、通常外傷性頸部症候群においても大体一週間か二週間の間に起こり、通常は二、三日から一週間くらいの間に症状が出ること、これに当てはめて考えれば、交感神経性の刺激状態が原告の右症状を起こしたと考えられることから、原告の前記左下腿外側のしびれと下垂足については、本件事故と因果関係があると判断すべきであること、しかし、脊柱管狭窄症の症状は、寛解、進行を繰り返しながら徐々に進行するものであり、その中で下垂足等が生じたのは、本件事故発生により原告の既往の症状の一部が悪化したことによるものであって、原告の病状全体が悪化したものではないこと、なぜならば、本件事故は、低速で走行していた加害車両が被害車両に追突したものの、追突後、両車両はほぼそのままの位置で停止し、また被害車両の損傷も軽微であったというのであり、これによると、本件事故による原告の腰部への衝撃は軽微なものであると考えられること、軽微な外傷による交感神経の刺激又は筋肉の収縮による血行動態の異常は側副血行路や神経の作用が弱まることにより回復可能であること、原告の間欠性跛行や両上肢のしびれ等の症状は、本件事故後約一か月も経過してからのものであり、本件事故による症状とすれば、それほど後になってから出てくるのは不自然であること等の事情が存在するからであること、そして、以上によると、原告の前記左下肢外側のしびれと下垂足の症状は本件事故と因果関係があるが、右各症状は、平成六年一二月一九日(鑑定を担当した野口医師は、鑑定書、乙一三において、同月一三日と記載するが、診療録(甲一九)によると、同月一九日の誤記と認められる。)、治癒し、その他の間欠性跛行、両上肢のしびれ等の症状は、本件事故と因果関係がないこと、また、前記左下腿外側のしびれと足関節背屈力の低下(下垂足)の症状は、既往の腰部脊柱管狭窄症が主たる原因であり、本件事故による原告の腰部への軽度の衝撃は症状発現の誘因となったにすぎず本件事故に対する寄与割合は五割を超えないことが認められ、原告の前記主張は失当である。

なお、原告は、鎮痛剤の投与等による症状の発現の遅れの可能性を指摘するが、証拠(証人野口耕司)によれば、原告に投与された鎮痛剤の薬効が長時間続くとは考えがたく、症状が全く出なくなるということは考えにくいことが認められ、前記認定、判断を覆すものではない。

2  また、原告は本件事故による後遺障害として排尿障害の存在も主張するが、前記のとおり、名古屋掖済会病院の西尾医師は、原告に排尿障害はないと診断し、本件事故との因果関係については否定的であるとの判断をしたこと、証拠(鑑定嘱託(岐阜市民病院))によると、原告は前立腺炎に罹患しており、原告の排尿困難、尿失禁と本件事故との関連はないことが認められ、原告の前記主張を認めるに足りる証拠はないというべきである。

3  原告は、本件事故後入院前、遅くとも平成六年九月一九日(入院前の最終通院日)までには、自宅から五〇ないし六〇メートルの距離にある病院まで、休み休みに行かざるを得ないという症状が発現していたこと、これは間欠性跛行と考えられることを主張し、これに沿う供述をする。しかし、証拠(甲一九、二〇)によると、本件事故後の原告の診療録にはそのような記載がないことが認められる。そして、右症状が一般人にとって日常生活を行う上で重大な制約を被る症状であることを考慮すると、右のような症状を診察の際原告が訴えなかった、又は訴えたにもかかわらず医師が診療録にその旨記載しなかったとみるのは不自然であり、むしろ診療録上、右についての記載がないということは、間欠性跛行の症状はなかったとみるのが相当である。したがって、これに反する原告の供述は採用できず、他にその主張を認めるに足りる証拠はない。

4  また、原告は、原告の事故後の症状は、全体としてみれば悪化の傾向をたどってきたのであり、その中で下垂足、左下肢外側のしびれの症状のみを取り出して本件事故と因果関係を認めるのは不合理である旨主張し、証拠(甲二九)中にはこれに沿う部分もある。しかし、前記のとおり本件事故が原告の腰部等に与えた衝撃は軽微なものであったこと、本件事故以前の原告の既往症状、本件事故後の原告の症状の経緯等を考慮すると、本件事故と因果関係のある原告の症状を下垂足、左下肢外側のしびれに限定することはむしろ合理的であり、前記証拠は、前記認定、判断を覆すものではなく、他にその主張を認めるに足りる証拠はない。

三  争点2(原告の損害)について

1  入院雑費 八四〇〇円

証拠(甲二、五の1、一九、二〇、乙六の1)によると、原告が本件事故後、平成六年九月二一日から同月二七日まで七日間、入院したこと、右入院は腰部の脊髄造影検査のためのものであったことが認められ、前記のとおり、原告には同年八月二二日ころから下垂足等の脊柱管狭窄症の症状が現れていたことからすれば、右入院の際の雑費は、本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。そして、入院雑費は、一日につき一二〇〇円をもって相当と認める。

1,200×7=8,400

2  治療費及び文書料 二五万二五四九円

前記のとおり、本件事故と因果関係のある原告の症状は、下垂足、左下肢外側のしびれであり、右は、平成六年一二月一九日に治癒したこと、両上肢のしびれ等は本件事故と因果関係がないことが認められる。そして、証拠(甲五の1、2、一〇の1ないし63、一九、二〇、乙五の1、2、六の1ないし3、七の1、2、証人野口耕司)によれば、右期間中の治療費は二五万七四三五円、右治療期間に関する診断書等の文書料は二万三一七五円を要したこと、しかし、原告は、同年九月二五日には、頸部脊柱管狭窄症の症状である手の指のしびれを訴え、その後これに対する検査、治療も開始されたこと、同年一〇月二一日頸部MRI検査の指示がされるまでは頸椎に対する治療はされなかったが、同日以降、頸部症状が徐々に強くなっていって、平成七年四月七日に腰部より頸部の症状が強くなったことが認められる。以上によると、前記治療費、文書料は本件事故と因果関係を有さない両上肢のしびれ等に対するものも含むことになるから、本件事故と因果関係のある治療費及び文書料は、右を除外した前記二五万七四三五円及び二万三一七五円の合計額中九割相当分であると認めるのが相当である。

(257,435+23,175)×0.9=252,549

3  杖代金 〇円

前記のとおり、本件事故と因果関係のある原告の症状は、下垂足、左下肢外側のしびれに限られ、右は平成六年一二月一九日に治癒したことが認められる。そして、本件全証拠によっても、右症状のみに由来して杖の購入をしたと認めるに足りる証拠はない。したがって 杖の購入代金については、本件事故と因果関係のある損害と認めることはできない。

4  トイレ改造費 〇円

右3と同様の理由で、トイレ改造費については、本件事故と因果関係のある損害と認めることはできない。

5  休業損害 二五四万七六一六円

(一) 前記争いのない事実並びに証拠(甲九、一二、一三の1、2、一四の1、2、二二、乙一一の1、2、一二の1、2、原告本人)及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故当時、有限会社岡政銘木店を経営しており、同店から、役員報酬として年間八四〇万円の収入を得ていた。原告の同店での業務内容は、銘木を仕入れ、仕入れた銘木を在庫として保管し、商品の注文を受けた際には、銘木をトラックに積んで顧客に現物を見せて受注し、商品を納めていた。また、天井板を自ら加工することもしていた。原告が経営する銘木店には従業員が三人おり、そのうち二人は原告の妻と弟であった。

(2) 原告は、銘木を市で競り落として仕入れる際には、競りがある日の前日に午前八時から午後四時まで歩いて下見をし、下見の際、積まれている商品について結束を解いて一枚一枚ばら板が入っているか確認する必要があった。また、天井板を自ら加工する際、材木を移動するのはほとんど手作業であった。

(3) 原告は、本件事故後平成六年一〇月七日ころから業務を再開したが、その時の業務の方法は、保険会社が商品の運搬費用を負担し、原告は自宅の事務所において電話で注文を取り次ぐというものであった。原告は、本件事故後、前記(1)、(2)の各作業ができなくなり、現在は大きな会社で作られている材木の販売の仕事しかできず、銘木の販売はほとんどできなくなった。

以上のとおり認められる。

(二) 以上のとおり、原告が経営していた有限会社岡政銘木店には、従業員が三名いただけであり、しかもそのうちの二名は原告の親族であったこと、銘木の仕入れ、在庫としての保管、販売、配達等の業務は、原告自らが行っていたことが認められ、これらによれば、有限会社岡政銘木店は会社組織ではあるものの、実質的には原告の個人経営であったと認めるのが相当であり、原告の得ていた役員報酬も、利益の分配的な性格はなく、すべてが原告の労務に対する対価であったと認めるのが相当である。

(三) そして、前記認定のとおり、原告は、本件事故により、下垂足、左下肢外側のしびれの症状が現れ、その治療のため入通院したこと、右各症状は平成六年一二月一九日に治癒したことが認められ、この間の休業損害が生じたというべきであるが、原告は、同年一〇月七日ころからは業務を再開したこと、もっとも再開後の原告のなしうる業務の内容が相当程度限られたものであったことその他本件事故と因果関係のある前記原告の症状の内容、原告の有限会社岡政銘木店での業務の内容等を総合考慮すると、本件事故による休業損害は、前記年収を基本とし、本件事故後、原告の前記各症状が治癒した同年一二月一九日まで(一二三日間)に得ることができた収入の九割と認めるのが相当である。

8,400,000÷365×123×0.9=2,547,616

6  逸失利益 〇円

前記認定のとおり、本件事故と因果関係のある下垂足、左下肢外側のしびれの症状については、平成六年一二月一九日に治癒したのであり、本件事故と因果関係のある後遺障害は認められない。

7  慰謝料 二〇〇万円

前記認定の事実及び証拠(甲一九、乙五の1、2、六の1ないし3)によると、原告は、本件事故を発現の誘因とする腰部脊柱管狭窄症の症状として下垂足及び左下肢外側のしびれが現れ、右各症状の治療のため、本件事故後平成六年八月二六日から同年一二月一九日までの間に、七四日間通院し、同年九月二一日から二七日までの七日間入院したことが認められる。これらの入通院期間及び、本件にあっては、原告に医学上格別の後遺障害があったとは認められないが、前記のとおり自動車保険料率算定会が原告の後遺障害が自賠法施行令別表第一四級一〇号に該当する旨認定したことからも明らかなとおり、右入通院期間のみによっては判断しきれない原告の格別の苦痛が生じたこと、その他本件記録に現れた全事情を総合して考慮すると、本件による原告の慰謝料は頭書金額をもって相当と認める。

8  以上の合計は、四八〇万八五六五円となる。

四  前記のとおり、原告の左下肢外側のしびれと下垂足の症状は本件事故と因果関係があるが、右症状は既往の腰部脊柱管狭窄症が主たる原因であり、本件事故による原告の腰部への衝撃は症状発現の誘因となったにすぎず本件事故に対する寄与割合は五割を超えないというのであるから、被告は原告の右損害中二分の一相当分につきこれを賠償すべきである。

4,808,565÷2=2,404,282

五  弁護士費用 四万円

本件事案の内容、本件認容額等考慮すると、弁護士費用は頭書金額をもって相当とする。

六  既払

前記のとおり、原告は自賠責保険から七五万円の支払を受け、被告から一二六万一八八五円の支払を受けた。

七  結論

以上によると、原告の本訴請求は、損害金四三万二三九七円及びこれに対する不法行為日である平成六年八月一九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 北澤章功 堀内照美 山田裕文)

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